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札幌高等裁判所 昭和35年(う)382号 判決

被告人 犬飼弘義

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

論旨第一点(事実誤認又は法令適用の誤り)について。

所論にかんがみ記録を調べてみると、原判決は、判示第一の(二)において、被告人が被害者Aを脅迫するとともに同女の首を締め、同女の顔面を殴打する等の暴行を加えて同女を強姦しようとしたが、同女がとつさの気転により「身体の具合が悪い。」と言つてその場に倒れかかつたため、被告人は同女が真実急病になつたものと思い込み、姦淫をあきらめてその目的を遂げなかつた旨の事実を認定しているのであつて、右事実は挙示の関係証拠により認めるに足りるところである。そして、右のように犯行を中止した動機につき、所論は、被告人はかわいそうになつて中止したというので検討してみると、なるほど被告人の昭和三五年一〇月一日付検察官に対する供述調書及び原審第一回公判調書中の供述記載のうちには被告人がかわいそうになつてやめたと述べている部分もあり、また前記証拠によると被告人は被害者が急病になつたものと思い込み、家へ行こうなどと言つて同女をおぶつたり、ささえたりして途中まで送つて行つたことが認められるのであるが、しかしまた被告人は前記供述と同時に、被害者が病気であればとても姦淫はできないと思つてやめたとか、やる気がなくなつてやめたとかとも述べているのであつて、結局、前記証拠を総合して考えると、被告人は被害者が身体の具合が悪いと言つて倒れかかつた事態に直面して不安を感じ、犯行の意欲を失つたためこれを中止したものと認められ、その際幾分あわれみの情もあつたとしても、それが動機となつて自発的に犯行を断念したものとは認められず、原判決の認定もまたこれと同趣旨と解すべきである。そして、被害者が前記のように倒れかかつたのが仮病であつても、被告人はこれを本当に急病だと信じたのであるから、被告人の主観においてこの事態が犯罪の遂行に対する障害になつているのみならず、客観的にもこのような事態の発生は強姦犯人に対し通常犯罪の遂行に対する障害になつたものといわなければならない。従つて原判決が右犯行を中止未遂と認めなかつたのは正当であつて、原判決に所論のような事実誤認又は法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 矢部孝 中村義正 小野慶二)

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